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Columnコラム

2026.04.08
TCBについて仙台駅前美容外科について

【仙台駅前美容外科】院長 安本匠の経歴について~TCBの入職の経緯と築いてきたキャリア【後編】

前回、高校卒業からTCBに入職するまでの私の経歴をコラムで解説しました。

関連コラム:院長 安本匠の経歴について~高校卒業からTCB入職まで

今回のコラムでは、私がいかにしてTCB東京中央美容外科に入職することになったのか、また、TCBでどのようなキャリアを築いてきたのかを解説します。

【後編】TCB入職後の私の経歴。想いなど赤裸々に語ります。

目次

TCBに入職した経緯
TCBは第2希望だった!?
TCB創業者のA医師との出会い
TCBへの入職、美容外科への転向は運命のいたずら
東京中央美容外科とTCB
TCBで築いたキャリア
美容外科医としての英才教育と人間教育
TCB仙台駅前院院長就任と下肢静脈瘤診療との関わり
TCBグループ内で私が果たしていた役割
そして開業へ

TCBに入職した経緯

TCBは第2希望だった!?

私がTCB東京中央美容外科に入職したのは、2015年の5月です。それまでは、山形大学の心臓血管外科の医局に所属しいたことは前回のコラムで説明した通りです。

心臓血管外科の医局を退局して転職活動をする中で、自分の専門を活かせる領域として下肢静脈瘤治療というのが、まず思い浮かびましたので、下肢静脈瘤の治療医を募集しているクリニックの求人情報を検索し始めたのが、2014年の末頃です。

その中で、新規開業の下肢静脈瘤専門クリニックの募集が2件ありました。仮にHグループとTクリニックとしましょうか。最初に応募したのがHグループでメールの返信が無くて、仕方なくもう1つのTクリに応募しました。Tクリはまだクリニックの開業前の状況で実態がよくわからなかったので第2希望でした。

Tクリとはすぐに連絡がつきまして、静脈瘤の医師は既に決まってしまったとのことでした。Tクリは、別な場所に美容外科クリニックを1つ運営していて「美容外科に興味があるなら見学に来ませんか?」ということで、せっかくなので見学に行くことにしました。

TCB創業者のA医師との出会い

見学に行くことにした美容外科こそ、2014年12月に福島市に開業した東京中央美容外科、略して東中だったのです。東中は、創業者の先生が1人で診療を行っており、ドクターは正式には募集していませんでした。実際に見学に行ったのが、2015年の2月頃だったと記憶しています。

創業者の先生を仮にA医師としましょう。A医師は業界最大手の美容外科の総括院長を辞めて、地元の福島に東中を開業しました。当初はのんびり診療を行っていこうと思っていたようですが、私が見学に行った時には既に「日本一の美容外科を作る」という目標というか、構想がA医師の頭の中にあったのでした。実際、初めてA医師にお会いした時から、「一緒に日本一の美容外科を作ってみないか?」と誘われました。

福島駅徒歩10分、小さな古い雑居ビルの居抜物件に開業した東中。この小さな美容外科が、実際に10年も経たずに日本一の美容外科グループになるなんて、誰が想像するでしょうか?誰が信じるでしょうか?「このおっさん、大丈夫か?」と思いましたが、A医師から発せられる熱い言葉、並々ならぬオーラ、真剣な眼差しは、保険診療に疲弊した私を信じ込ませるには充分でした。

もちろん、上手くいかないリスクもあるでしょうが、仮に失敗しても医師免許さえあればいくらでもやり直しが利きますので、私にとっては大したリスクではありませんでした。逆に、美容外科を1から作って日本一を取りに行く、こんなにエキサイティングなプロジェクトに初期メンバーとして参画できるチャンスというのは、考えてみれば10年に1回も無いでしょう。私は二つ返事で東中への入職を快諾しました。

TCBへの入職、美容外科への転向は運命のいたずら

もちろん東中で手術見学をする中で、美容外科という診療科に魅力を感じたことも事実です。ダウンタイムはあるものの、長年抱えていたコンプレックスが短時間の日帰り手術で解消されて、患者様の表情が明るくなったり術後に見せる笑顔は本物だと思いました。

それまで私が従事していた心臓血管外科は、がんの手術をメインとする一般外科とは異なり、早期に手術の結果が出ることが多い診療科です。また、がんの摘出手術の様に単に病変を切除するのではなく、心臓血管外科では心臓の弁を交換したり血管を再建したり何かを形成してくる手術なので、美容外科との共通点も多いと感じました。さらに言えば、心臓血管外科では高齢者の救命が主な仕事でした。もちろん、それも大きな社会的な使命でありやりがいもありましたが、美容外科では比較的若い方のこれからの人生を明るくするための医療を提供しているところに大きな魅力を感じました。

静脈瘤の治療医としての転職先を探している中で第1希望のHグループと連絡がつかず、仕方なく第2希望のクリニックに応募。その偶然でA医師と出会い、どういうワケか美容外科医になって日本一の美容外科を目指すことになった。つまり、美容外科医になりたいと思って転職活動をしていたわけでも、東中を探していたわけでも無く、偶然の出会いから私の美容外科医としてのキャリアがスタートしたのでした。これが、東中に入った経緯です。

東京中央美容外科とTCB

「さっきから、東中、東中うるせえなあ、お前がいたのはTCBだろ?」

と思われるかもしれませんが、私が入職した当時、「TCB」という略称は存在せず、TCBという名称を主に使用するようになったのは、入職して数年経過してからだったと記憶しています。ちなみに、TCBは「Tokyo Chuo Beauty(clinic)」の頭文字であり、Centralではありません。

TCBで築いたキャリア

美容外科医としての英才教育と人間教育

TCBに入職して数か月間は福島院の副院長として美容外科で扱うあらゆる施術の技術を叩き込まれました。業界最大手の美容外科の総括院長だったA医師からマンツーマンで個人レッスンを受ける贅沢で濃密な日々。

もちろん、独り立ちしてからも定期的に技術講習会や外部のドクターから技術指導を受ける機会もありましたが、入職してからの数か月間にA医師から受けた教育が、私の美容外科医としての技術や考え方の礎を築いたことは間違いありません。

技術がハイレベルなのは当たり前であり、いかに患者様の要望をくみ取って満足させるか、また患者様だけではなくスタッフや家族など自分の周りの人間をどうやって幸せにしていくかなど、保険診療時代には教えられることが無かった、医師として、また1人の人間として大切なことを何度も教え込まれました。

A医師の直伝の美容外科医に必要な資質

・カウンセリング
・技術
・人心掌握術(スタッフマネジメント)
・広告/ブランディング

美容外科医は高い技術を求められることは当然です。しかし、いくら技術が高くても、どんなに良い医療を提供しようと思っていても、誰にも知られていなければ患者様を呼ぶことはできません。そこで重要なのが、広告戦略やブランディング戦略です。

また、来院した患者様の悩みや希望に耳を傾け、希望に沿った仕上がりにすることで患者様を満足させることができます。いくら技術力が高くても、患者様の希望に沿っていなければ患者様を満足させることができないからです。広告やブランディングも大事ですが、最終的には患者様の信頼を獲得して次の来院につなげたり、他の患者様を紹介してもらえるようになることもまた、大事なのです。

そして、クリニックのマネジメント。クリニックという組織運営をいかにうまくやっていくか。それは、スタッフのマネジメントに等しく、それが上手くいかないと最終的には患者様を満足させることができません。患者様に良いサービスを提供するためには、まずスタッフ自信が満足している必要があり、スタッフを大切にすることが重要です。

これら4つの要素は、どれかに偏重し過ぎるとクリニックの運営や経営が上手くいかなかったり、患者様の満足度の低下につながったり、スタッフの離職につながります。これら4つの要素を頭に入れながら、それぞれの要素をバランスよく磨き続け、高いレベルに持っていくことが美容外科医に必要な資質であり、成功するための鍵なのです。

美容外科医に必要な資質
当時のTCB福島院のホワイトボードに書かれたA医師直筆の美容外科医に必要な資質
カ:カウンセリング、技:技術、人:マネジメント、広:広告

TCB仙台駅前院院長就任と下肢静脈瘤診療との関わり

2015年中にはTCBは郡山院、宇都宮院と分院展開を開始し、A医師の英才教育で育てられた私はそのまま福島院の院長に就任しました。その後、2016年には郡山院の院長を経て、仙台院(現在の仙台駅前院)の院長に就任しました。

TCB仙台駅前院忘年会
TCB仙台駅前院忘年会(ホテルメトロポリタン仙台にて)

当時のTCB仙台院は「東京中央美容外科仙台下肢静脈瘤クリニック」が正式な名称で、美容外科だけではなく下肢静脈瘤の保険診療も割とガチでやっていました。2017~2018年頃には、TCBは全国に20院くらい展開していたと記憶していますが、ほぼ全院で下肢静脈瘤の保険診療をやっていました。おそらくですが、下肢静脈瘤の領域では当時全国最大規模のグループだったと思います。

私は下肢静脈瘤の治療医として就職先を探す中で美容外科医としてTCBに入職はしたものの、下肢静脈瘤も結局始めて多くのドクターに指導もしていました。その後、グループが急速に拡大するにつれて、美容外科の患者様が急激に増えた影響もあり下肢静脈瘤の診療はやめてしまいました。

今回の開業を機に仙台駅前美容外科では自由診療ではありますが、見た目を治したいという美容目的での下肢静脈瘤治療も行っておりますので、気になる方は是非ご相談ください。

関連ページ:当院の下肢静脈瘤治療について

TCBグループ内で私が果たしていた役割

私は、TCBに入職したのが1番早かったこともあり、美容外科領域においても指導医の立場で100名以上のドクターに直接技術指導をしてきました。役職も指導医の中でも最上位の特別指導医を経て、全技術指導医の中のトップの役職にも就き、TCBの施術マニュアルの作成や、新規メニューの導入などの業務に携わっていました。つまり、単に1つの院の院長をプレイヤーとしてやっていたわけではなく、TCBグループの運営に関わる役割を担っていたのです。

第111回日本美容外科学会での発表
第111回日本美容外科学会での発表

また、数百人在籍しているドクターの中で数名しか所属していないTCB運営委員会のメンバーとして、主に技術指導部門やマーケティング部門のドクター側の代表として参画していました。

2023年には、TCBグループの本院である新宿三丁目院の院長兼東京都エリア総括院長への就任を打診され、お引き受けしました。仙台から東京に新幹線通勤をするというハードなものでしたが、家族の協力もあり1年間通うことができました。

JR仙台駅顔はめパネル
新幹線で仙台から東京に通勤していた頃(JR仙台駅にて)

新宿三丁目院勤務中は色々なことがあり、最終的に退職の決断をしました。もし、東京に行ってなければまだTCBの仙台駅前院で院長をしていた可能性もありますが、東京で勤務することで得られた経験も大きいので、そのこと自体に後悔はありません。

関連コラム:元TCB東京総括院長・本院院長が暴露するTCBを退職した本当のワケ

そして開業へ

以上が、私がTCBに入職した経緯とTCBで築いてきたキャリアです。

まとめると、偶然の出会いから、たまたま美容外科医になって専門分野の下肢静脈瘤治療もガチでやりつつ、グループの成長に関わることで自分自身も美容外科医として成長し、最終的に本院の院長にまで登りつめ、地元仙台に開業したというのが私の美容外科医としての経歴です。

「私の美容外科人生で磨き続けてきた技術を、わかってくれる人、見つけてくれた人だけに安心価格で提供したい。」そんな想いで開業しました。

仙台で美容医療を受けたいという方は是非、当院のカウンセリングを受けてに来てくれると嬉しいです。

仙台駅前美容外科の内装

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